昭和22年(1947年)、文部省から発行された「あたらしい憲法のはなし。4.主権在民主義」をまとめてみました。「あたらしい憲法のはなし」はパブリックドメインなので、アマゾンや青空文庫などで無料で読むことができます。ぜひ、原本を読んでみることをおすすめします。
憲法について学ぶきっかけになれば幸いです。
誰が一番えらい?
「一番えらい」とは、勉強できることだと思いますか?それとも、力の強いことだと思いますか?
国の中では、「誰が一番えらい」と考えますか?
答えは「国民全体」です。あたらしい憲法では、「国民全体が一番えらい」といえます。
国の仕事を一人の考えでしているなら?
もし、国の仕事が、ひとりの考えでできるなら、「そのひとりが一番えらい」といわなければなりません。
国の仕事を大勢の考えでしているなら?
もし、国の仕事が大勢の考えで決まるなら、「その大勢が皆、一番えらい」ことになります。
では、国民全体の考えで決まるなら?
もし、国民全体の考えで決まるのなら、「国民全体が一番えらい」ことになります。
あたらしい憲法は民主主義の憲法です。そのため、国民全体の考えで国を治めてゆきます。そのようなことから、「国民全体が一番えらい」といわなければなりません(※1)。
主権
主権とは、国を治めてゆく力のことをいいます。上記の「誰が一番えらい?」の部分です。この力が国民全体にあれば「主権は国民にある」といいます。
あたらしい憲法は、民主主義を根本の考えとしているので、主権は日本国民にあります。
前文の中、また、憲法の第1条にも「主権が国民に存する」とはっきりと書いてあるのです。
主権在民
主権が国民にあることを「主権在民」といいます。
あたらしい憲法は、「主権在民」という考えでできています。そのため、主権在民主義の憲法であるということになります。
1人1人がえらい?国民皆がえらい?
日本国民ひとりひとりは、皆、主権を持ちます。しかし、だれか「1人だけ」がえらいのではありません。また、「1人の個人がそれぞれえらい」わけでもありません。
主権は、日本国民全体にあります。ひとりひとりが、別々に主権を持っているのではありません。
ひとりひとりが、皆、「自分が一番えらいと思い、勝手なことをしてもよい」ということでは決してありません。これは、民主主義には合わない考え方です。
私たちは、「主権を持っている日本国民のひとりである」ということに誇りを持つとともに、責任を感じなければなりません。よい国民でなければなりません。
国は旧字体の「國」、条は旧字体の「條」、戰は旧字体の「戰」から変更しています。
※1:「いわなければなりません」という表現は、きっと、大日本帝国憲法を意識した表現だと思われるため、原文の表現をそのまま活かしました。

